ドキュメンタリー映画『キャメラを持った男たち〜関東大震災を撮る〜』をご覧になられた方々から寄せられた質問に、プロデューサーと演出家がQ&Aでお答えします。
プロデューサー・村山英世
演出・井上実
質問一覧
- Q1. なぜ、この映画を作ろうと思ったのですか?
- Q2. 製作費はどうやって工面されたのですか?
- Q3. 製作時期はコロナ禍でしたか?
- Q4. カメラをキャメラと呼ぶのはなぜですか?
- Q5. 関東大震災を撮影したキャメラマンが3人だということは以前から知られていたことですか?
- Q6. 3人のキャメラマンご遺族にはどうやってたどりつきましたか?
- Q7. 田中傑先生にはどうやってたどりつきましたか?どのような方ですか?
- Q8. 関東大震災のフィルム映像は、すべて国立映画アーカイブにあったものですか?
- Q9. この映画が作られるまでのプロセスを教えてください。
- Q10. 震災時のフィルムの尋ね人に名前のあった川畑キクさんは監督の親戚だったと聞きましたが?
- Q11. 東日本大震災についても触れたのはどういう思いからですか?
- Q12. ラストの、慰霊堂の前の韓国舞踊が印象的でしたが、深い意味や思いがあって取り入れたものですか?
- Q13. 映画が完成した後、どのような宣伝を行いましたか?
- Q14. 映画はヒットしましたか?
- Q15. 映画公開時期にNHKでよく似た番組が放送されていましたが偶然ですか?
- Q16. この映画の応援団がいると聞きましたが。
- Q17. キネマ旬報で賞をとられたというのは本当ですか?
- Q18. 最後にひと言
Q1. なぜ、この映画を作ろうと思ったのですか?
記録映画保存センターで行った全国映画フィルム所蔵調査では、日本各地に関東大震災を撮影した貴重なフィルムが残されていることが分かっていました。 また、2014年10月に東京大学大学院情報学環・記録映画アーカイブプロジェクトで共同開催した「関東大震災の記録」の際に集めた調査資料も蓄積されていました。その回の登壇者は大澤 浄さん(現:国立映画アーカイブ研究員)でした。そこで、保存活動で得られた資料を整理・公開するため、記録フィルムとカメラマンに光を当てたドキュメンタリー映画の製作を考えました。 また、2023年が関東大震災から100年にあたる年であることも重要だと捉えていました。テレビや新聞で特集が組まれることが多く、その中で取り上げてもらえれば宣伝効果も高まるため、その年の公開を目指しました。
東京大学での記録映画アーカイブプロジェクト (2014年10月11日)
Q2. 製作費はどうやって工面されたのですか?
自主制作作品の製作資金調達は、いつの時代でも最大の問題です。 当時はコロナ禍の最中で映画産業は大打撃を受けていました。「ARTS for the future! 2(AFF2)」という文化庁の映画支援事業に応募し、幸いにも助成を受けることができました。
Q3. 製作時期はコロナ禍でしたか?
撮影時期の2022年はコロナ禍3年目で、人々はマスク生活でした。スタッフも出演者もマスクしており顔の見えないカットばかりになりましたが、映画は時代を写す鏡でもあります。後世にこの映画を観る方々が「ああコロナ禍に作られた映画なんだな」と思っていただければ、2022年のドキュメントとしての視点もうまれることでしょう。
Q4. カメラをキャメラと呼ぶのはなぜですか?
映画の創成期から撮影カメラを「キャメラ」、作品を「写真」と呼んでいた業界用語です。今でも年配の方はキャメラと言っています。
Q5. 関東大震災を撮影したキャメラマンが3人だということは以前から知られていたことですか?
震災当日を撮影したキャメラマンはもっといたと想定されます。震災フィルムを調査された研究者によって、現在氏名が判明しているのは3名です。映画ではこの3名の残したフィルムの撮影者の同定と撮影ルートの解明に挑戦しました。
Q6. 3人のキャメラマンご遺族にはどうやってたどりつきましたか?
高坂利光さんのご子息である定男さんは、2014年、私たちの行った記録映画アーカイブプロジェクトの上映会に参加していただいています。その時のテーマがこの映画の製作のきっかけともなった「関東大震災の記録」でした。
高坂夫妻(2014年10月11日 東京大学工学部2号館)
岩岡巽さんについては、お孫さんにあたる書道家の小宮求茜さんが、祖父について書かれたブログの記事を見つけ、連絡しました。
白井茂さんの息子・泰二さんとは昔からお付き合いがありました。2022年の撮影時にはすでに亡くなられており、以前撮影したインタビュー映像を使用しました。製作時、泰二さんのご親族とは連絡がとれずにいましたが、映画のことを知った身内の方々が劇場に足を運んでくださり、泰二さんの弟(白井茂キャメラマンの四男)・白井健さんには、急遽、ポレポレ東中野のトークショーにもご登壇いただきました。
白井茂キャメラマンのご子息・白井健さん(2023年9月9日)
Q7. 田中傑先生にはどうやってたどりつきましたか?どのような方ですか?
映画の企画時に当時国立映画アーカイブで「関東大震災映像デジタルアーカイブ」を担当していたとちぎあきらさんに相談した際に田中先生を紹介していただきました。 田中先生は関東大震災を防災史の面から大学で研究されている先生です。
Q8. 関東大震災のフィルム映像は、すべて国立映画アーカイブにあったものですか?
震災フィルムは20タイトル程あり、ほぼ国立映画アーカイブに所蔵されています。 元の所蔵先はお寺や民家、映画館、製作会社、博物館等にあったフィルムです。 今後、新たに発見されるフィルムが出てくる可能性があります。
Q9. この映画が作られるまでのプロセスを教えてください。
映画製作が決定したら製作目的を明確にし、調査、構成案の段階に進みます。ここで70%が決まりますので重要です。あとは熱意です。
1.企画調査(2022年2月~4月)
主な調査内容は次のとおりです。
- 〇 判明している震災を撮影した3人のキャメラマンの当日の行動の調査
- 〇 キャメラマンのご遺族や関係者を訪ね、証言や資料を収集
- 〇 映画史研究家・とちぎあきら氏を取材。災害史家・田中傑先生を紹介される
- 〇 アーカイブ映像を精査する。その中で、新たな被災者の遺族を発見
- 〇 当時使用された手回しカメラ(ユニバーサルカメラ)の捜索。神戸映画資料館に所蔵されており、今も使用できることを確認
- 〇 田中傑先生への取材、研究成果の使用承諾を得る
2.構成案づくり(2022年6月)
100年前の震災当日から数日間の状況を、3人のキャメラマンが撮影した映像と、本人の記録や遺族の証言を組み合わせて関東大震災を再現する構成を考えました。 この段階で題名を『キャメラを持った男たち』と決定しました。これは3人のキャメラマンをテーマにするためだけでなく、同時代にソビエトで「映画記録を通じて世界に真実を伝える」ことに尽力した映画作家・ジガ・ヴェルトフの代表作品、『カメラを持った男』(1929)にオマージュを捧げる意味もあります。
ユニバーサルカメラのテスト(2022年8月)
震災キャメラは正確に1秒2回転で手回ししなければなりません。フィルムの規格は昔も今も同じなので、専門会社で整備してから撮影しました。
3. 撮影(2022年9月〜11月)
撮影は、2022年9月1日に行われる関東大震災の慰霊祭から始まりました。100年前と同じ服装をしたキャメラマンが時空を越えて現代に現れ、手回しカメラで慰霊祭の撮影を始めます。
手回しカメラ撮影をビデオ撮影する現代のキャメラマン
東京都慰霊堂(2022年9月1日)
次は関係者のインタビュー撮影です。
<3人の震災キャメラマンご遺族>
岩岡巽の孫 小宮求茜さん
高坂利光の息子 高坂定男さん(中央)
白井茂の息子 白井泰二さん
(2011年1月・オーラルヒストリーとして撮影)
芦澤明子(日本撮影監督協会理事)さんに震災映像についての感想や見解をインタビューしました。その際、2011年の東日本大震災で津波にのみこまれた釜石港を撮影したカメラマンの取材を勧められました。
芦澤明子さん(2022年10月10日)
田中先生が当日の撮影ルートを映像と証言をもとに時間と場所を特定していきます。
市ケ谷事務所内(2022年10月13日)
国立映画アーカイブで現物の震災フィルムを調査し、映像内容を確認しました。
渡邉登技術職員と田中傑さん(2022年10月14日)
調査で明らかになった震災被災者の遺族や、研究者、資料など多角的な取材を行いました。
ご遺族の撮影 水戸市(2022年10月20日)
4. 編集・録音(2022年11月)
約2か月半にわたる撮影を終え、新たに撮影した映像とアーカイブ映像を組み合わせて編集を進めました。 編集中に釜石市で東日本大震災を撮影したテレビカメラマンへ追加取材を行い、作品に組み込みました。 最後にスタジオで音楽とナレーションを収録し、82分の作品が完成しました。
Q10. 震災時のフィルムの尋ね人に名前のあった川畑キクさんは監督の親戚だったと聞きましたが?
企画調査の段階の頃、自宅で数々の震災映像見ていた時、通りすがりに妻がモニターに映った川畑キクの名前を発見しました。水戸市には川畑の姓が少ないので実家に連絡したところ母方の祖母の名前はキクだという。田中先生が調べたところ、日本橋浜町にある明治座近くの塀に書かれた文字と判明しました。間違いなく祖母でした。
このカットで100年後に消息が判明
Q11. 東日本大震災についても触れたのはどういう思いからですか?
映画カメラを使って災害を記録する営みは現在も続いています。『キャメラを持った男たち』の主題が「関東大震災を撮影したキャメラマンはだれか」だったように、写された映像とともに写した人間もまた記録の中心でした。津波に襲われた釜石港を高台から撮影した地元テレビ局の柳田慎也さんと彼が撮影した映像には、現場で動転する様子とともに目の前に迫る惨状をのがさず撮ろうという野心が感じられました。映像を通じてカメラマンという人間も記録されていたのです。関東大震災時のキャメラマンと、柳田さんとは、フィルムとデジタルの違いはあれど通じ合うところがあると思い、本編に構成しました。
当日の津波被害状況を語る柳田慎也カメラマン(2022年11月8日)
Q12. ラストの、慰霊堂の前の韓国舞踊が印象的でしたが、深い意味や思いがあって取り入れたものですか?
関東大震災で多くの朝鮮人の犠牲者が出たことは事実です。この震災で亡くなったすべての人の鎮魂として取り入れました。映像は5カット、2分50秒のわずかですが強い印象を与えたのは映像の力だと思います。
まず最初に調べたのは震災フィルムに朝鮮人虐殺にかかわる映像が残っているかどうかでした。製作時点では、確認できませんでした。そこで、2022年の慰霊の日に鎮魂の舞をささげる舞踊家の姿を撮影して、ラストシーンに入れました。3人のキャメラマンがあの日、あの場所にいたら撮影する、と思ったからです。
100年前のカメラで撮影した画面
Q13. 映画が完成した後、どのような宣伝を行いましたか?
完成後はポスターやチラシの製作と関係者向け試写会や記念上映会を開催しました。
ポスター(デザイン:桜井雄一郎)
チラシ(デザイン:桜井雄一郎)
試写会は、国立映画アーカイブ、日本記者クラブ、東京大学、東京都慰霊堂などで実施しました。
東京大学本郷キャンパスでの上映 (2023年6月28日)
震災被害者など関係者を招いて慰霊堂内での上映(2023年8月25日)
Q14. 映画はヒットしましたか?
ヒットとは言えませんがまずまずの成績で赤字にはなりませんでした。映画館上映は2023年の関東大震災100年に合わせて、8月28日から、ポレポレ東中野、横浜シネマリンを皮切りに、全国各地のミニシアターで上映できました。限られた人員で自主配給しましたが力不足でした。この作品は、配給はプロに頼むべきでした。
横浜シネマリン上映(2023年8月26日~9月15日)
映画の上映がきっかけで、市民からの連絡がきっかけで、状態の良い新たな震災フィルムが見つかりました。
新たに見つかった関東大震災フィルム(2023年12月)
Q15. 映画公開時期にNHKでよく似た番組が放送されていましたが偶然ですか?
2022年12月28日、映画関係者向けの完成試写会を開催した際、まだ震災番組の企画段階であったNHK番組のスタッフも数名で見に来られました。その後、作品に関する情報を求められ、信頼関係のもと協力もいたしました。 NHKの番組は私たちの映画の完成から8か月後の2023年9月2日の「NHKスペシャル」で放送されています。そのため私たちが番組を参考にするようなことは一切ありません。
Q16. この映画の応援団がいると聞きましたが。
映画はひとりで創れるものではありません。企画、撮影、上映と多くの方の協力が必要となります。映画の完成後も、上映会、授賞式等がある度に、出演者、スタッフ、そしてマスコミの方たちまで駆けつけてくださり、まるでこの映画の応援団が結成されたかのようでした。 ここまで交流が深まる映画もなかなかありません。
オーチャードホール楽屋(2024年2月18日)
鎌倉市川喜多映画記念館上映後(2024年5月18日)
Q17. キネマ旬報で賞をとられたというのは本当ですか?
本当です。第97回キネマ旬報ベスト・テン文化映画部門でベストワンに選ばれ、2024年2月18日、オーチャードホールでの表彰式に参加しました。『キャメラを持った男たち』は、100年前のフィルム映像と現代を結びつけ、震災を記録したカメラマンたちの視線を通して描いた作品として高い評価を受けました。アーカイブ映像を活用した映画制作に新たな可能性を示す作品となりました。ちなみにその年の日本映画監督賞と主演男優賞は、『PERFECT DAYS』のヴィム・ヴェンダース監督と役所広司さんでした。
表彰式直後の井上監督夫妻
表彰式ポスター
Q18. 最後にひと言
アーカイブ映像の活用をアピールする作品として、記録映画保存センターらしい映画を作れた事、 新作もいずれはアーカイブ映像となるので未来の人のためにも嘘偽りのない表現をしなければと思います。
これからもドキュメンタリー映画の力を信じて世の中に真実を伝える作品づくりのお手伝いをしていきたいと思っています。
この映画の詳細は、「キャメラを持った男たち」公式ページをご覧ください。
・上映をご検討されている劇場、団体等の方は、公式ページをご確認の上、記録映画保存センターまでご連絡ください。
・大変申し訳ございませんが、現在、個人の方への視聴提供は行っておりません。何卒ご了承ください。